3月 春の兆しと凍っていた海
3月ももう終わろうというのに、ヘルシンキでは-15℃なんて気温になったりしている。なんでも過去50年で最も寒い3月なのだとか。明け方にゴウゴウと音をたてた忙しそうな除雪車の音を聞くことはなくなったけれど、相変わらず海の上を行き来する人たちであふれている。海の水は安心して歩けるほど厚い氷で覆われたままなのだ。
寒い日が続くなか、それでも日照時間は日々長くなり、3月に入ってからというもの、毎日のように青空が広がるようになった。空が青い眩しい日には、人はこぞって海にでる。とくに犬を連れている人たちは、海の上にでるとリードを外してやり、犬も人も気ままに、自分のペースで好きなところを歩く。太陽に照り付けられた海は、雪の積もったところも氷がむきだしのところもキラキラと輝いている。ところどころで氷の表面がとけていると、そこをあざとく見つけてはスーッと滑って遊ぶ少年がいたり。
先日は大きなスコップとスーパーのレジ袋をもって海にやってきた女性をみかけた。まだ雪がやわらかいまま残っていそうなところを探して、その雪をていねいにすくっては袋にいれているのだ。同伴のゴールデンレトリバーはおとなしく、この女性から離れないようにしながら、あちこちの匂いをかいでまわっている。この女性、家に戻ったら雪だるまでも作るのかななんて思った。玉をふたつ冷凍庫にしまうのだ。暑い夏の日に、冷凍庫から雪玉を二つ、ここに目や鼻をつけて雪だるまにして庭に飾るというのはどうだろう。
いつしか私たちは冬がもうすぐ終わることを自覚して、残りの冬の時間を楽しむようになっている。太陽の方に顔をむければ春の匂いがほのかに漂うようにも思え、春のことや夏のことを考えて「よしっ!」と気持ちに力がはいる。いつまでたってもダウンコートを着てスノーブーツを履いている状態だけれど、キリリと冷たい空気の中にふっと伝わる太陽のぬくもりと春の匂いは格別だなと思う。
割れたり凍ったりを繰り返したところ、透明の水がそのまま凍ったようなところ、雪原のようなところ…3月の海の表情は豊か。
寒くても太陽が燦燦と照りつけるこんな日はソーセージの屋台があったり、ピクニックする人たちがいたり。
雪景色の中でも、朝が似合う場所、昼が似合う場所、夕暮れどきにいたい場所がある。
森下圭子さん
Keiko Morishita-Hiltunenさん
ムーミンが大好きで、ムーミンとその作家トーベ・ヤンソン研究のためにフィンランドへ渡り、そのまま住み続けている森下さん。今はムーミン研究家として、またフィンランドの芸術活動や、日本へフィンランドを伝える窓口として、幅広く活躍中。